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- 荒れ地のおっさんの唄 -

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努力は報われるのか… 

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相変わらず、

1)どの階段を登ったらいいのかわからない。
2)ちょっと登ってみたこの階段も、このまま進んでいいものかわからない。
3)それでもって、どこまで階段を登ったらいいのかわからない。

状態ではありますが、
 

とりあえず、1)に関して、過去自分が好きだったものを含めて気にかかったものを深く考えずに手を出してみようともがいている最中ではあります。ただ、「うまくできている」と言える自信はありません。1)-3)がどれも重しになるときがあります。

勝ち続ける意志力 (小学館101新書) 勝ち続ける意志力 梅原大吾

さて、上の本はスポンサーからの援助や、ゲームの大会で賞金を獲得して生計を立てている、プロのゲーマーの本です。

昨年のベストセラーで、ネットでもその書評が多く出回っているので今更ですが、皆さんの書かれている感想のポイントが自分と微妙に違うところが多いので、書く意味あるかなと思い、エントリーしいます。

☆☆☆

かつては自分もゲーセンに通ったり、夜中までプレステで遊んだ経験はあります。ですが、「ゲームって結局なにも残らないよね」という知人との会話から、今は本当に暇つぶしにしかならないもの、というちょっと低い位置に見ています。この本を読んでも、その考えは変わりません。

誰よりもゲームと向き合う時間が多いと思われる、この方のゲームに対する見方はこうです。

僕はゲームを楽しみたいとか、ゲームで勝ちたいとかその程度の気持ちでなく、もう少し別の次元で物事を考えている。やはりゲームはあくまでゲームで本当の目的は自分自身の成長にある。だからあえて暗くて険しい道を行く。


客観的というか、かなり高い視点で物事を捉えている事がわかります。向き合うもの自体は評価の対象でもなんでもない。本人が何を求めて向き合うかがその評価するべきポイントだと言ってことです。

そうは言っても、近年プロになった事で世間的にも認められたと感じ、ほっとしたというか、プレイに余裕が出たと書いてあるあたり、やはり「ゲームなんて…」という他人からの評価を気にし、苦しんだようです。今やってることが正しいのか…?という誰もが持っている悩みに対しこう書いています。

これまでの経験から諦めなければ結果が出るとは言い切れない。~中略~ 努力を続けていればいつか人の目は気にならなくなる。僕もこの2,3年で人の評価や結果は一過性のもので、それより自分のやっている努力の方が遙かに尊いと思えるようになった。自分の取り組みが正しいのか正しくないのか。そこで煩悶してしまうのは、まだ自信がなかったからだ。それでもめげずに、強い意志を持って続けて行くと、「正しくないかもしれないけど、俺はこれでいい」そう思える日がやってきた。


何かに取り組もうとする時、直ぐに他人の評価を求めたり、それに一喜一憂しがちです。それに対して、他人の評価を「気にするな」と言う人は多いのですが、「気にならなくなるから心配するな」と言ってくれる人はいなかったし、大きな違いがあります。

「無駄な努力など無い」という人は多いのですが、「無理やりにでも俺はこれでいいと言えるまでの努力であれば、無駄な努力など無い」と説明してくれる人はおらず、大きな違いがあります。これはすごく考えさせられます。

と、いう事で冒頭の 3)がいかに戯言かということがわかります。

一番よくないのはどの階段を登れば良いか迷っている状態が延々と続くことだ。階段の下で正解の道を吟味し思い悩んでいるだけの人間より、間違った階段でもいいからとりあえず登っている人間の方がはるかに上達が早い。


わかっているけど自分の性格上、どうしてもそうなってしまうんですね。=>1)死亡

自分を高めるという事は、何かを編み出したり、経験を積んだりする事で自分の引き出しを一杯にする事ではない。より新しく、かつ良いものを生み出し続けるし姿勢こそが遙かに大事なことではないだろうか。


種まいてるだけじゃダメだってことですね。=>2)死亡

さすが、格闘ゲームの世界チャンプ。容赦ない。

築き上げたものに固執する人は結局、自分を成長させるということに対する優先順位が低いのだと思う。新しいことに挑戦する意欲も薄ければ、何かを生み出す創造性も逞しくないのだろう。


もう、ぐうの音もでません。

「俺、そんな勝つことに執着しないし」とも思えますが、著者が言っているのは「勝つ」ではなく、「勝ち続ける」です。似ているようで大きく違います。一時的な勝ち負けに拘るのでは無く、「長期の視点で本当に自分にとって利益になる事」を得ることに拘るのだということです。それは一体なんなのかと言うと「成長」です。

成長というものは、とにもかくにも同じ場所にいない事で促進される。


つまり、勝ち続ける事 = 成長する事= 変化し続ける事 ということ。そして、

成長したいなら、昨日の自分と、ごくごく小さい点でもいいから、違う自分にならないといけない。


「ごくごく小さくても良いから」というのがポイントかもしれません。これは、自分の同じような考えを補強してくれるし、実行可能なことですのでちょっと安心しました。疑心暗鬼になったときでも、「そうはいってもちょっとでもいいから変化してない?」「ちょっとでもいいから成長してない?」をチェックすれば良いことになります。

最後に、著者がそこまで成長に拘るのは、

僕にとって生きることは、チャレンジし続ける事、成長し続ける事。成長をあきらめて惰性で過ごす姿は生きているとはいえ生き生きしているとは言えない。


なるほど、確かにそうかもと思えるのでした。いずれにしても、今の状況で燻り感のある人には薬になるような本だと思います。

☆☆☆

最初、プロのゲーマーと聞いて、「ははーん、なんか、好きな事やってるちゃらそうなやつだろ」としか思いませんでしたが、とんでもない。本書の中で紹介されていますが、努力の人でした。

努力といえば、下のCMです。今年一番ささったCMといっても過言ではありません。



「大抵、努力は報われない」の部分が「え、それ言っちゃうんだ」という反面、
「そうだよね、わかってんなー、この会社」と親近感を覚えました。

CMでのプロットの通り、だから努力なんて無駄だという乱暴な結論にはなりませんが、つい、努力に対して冷めた目で見てしまうのも事実です。

よく、陥りがちな悪い状況に、「こんなにガンバってるのになんで評価されないんだ?」=「もうええわ」というのがありますが、これに対しても状況を客観的に説明してくれています。

間違った努力は強迫観念を生んでしまう。考える事を放棄してただ時間と数をこなすのは努力ではない。それはある意味楽をしているとさえ言える。頭を使って考えるのが苦しいから、それを放棄してがむしゃらに突き進んでいるのだ。


これだけ自分を痛めつけたんだから、結果が出ないとおかしいと言う考え方は危険だという警鐘でもあります。 先に話が出た長期の視点を持ち、努力する先の本当に手に入れるべきものを良く考えるべきだという事です。これが正しい努力という事なのでしょう。ここは大事だなあと思う次第です。

☆☆☆

時を同じくして、読んだ別の本の中で、ある方の努力に対する格言が書いてありました。

死ぬ気で頑張れば、死ぬぞ


椅子から転げ落ちそうになりました。

人間は、立って歩くから転ぶ。 はじめから横になって転んだ人はいない


深いんだか、浅いんだか。

これを書いた「牧ちゃん」のエピソードも相当面白いのでその本を紹介しておきます。

おじさん図鑑 おじさん図鑑


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