M-labo

- 荒れ地のおっさんの唄 -

スポンサーサイト

Posted by Markn on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Singer Building / シンガービル (摩天楼の原型)

Posted by Markn on   0 comments   0 trackback

やっとこの回が来ました。すべてはこれに繋がっていたのですが、今回のお題、シンガービル です。

と、言ってもこのビルは今、存在しません。 WTCに面したワン・リバティ・プラザ(センチュリー21の隣)に、1908年から1968年まで建っていたビルです。


シンガーマニファクチャリングカンパニー(シンガーミシン)の本社ビルとして建設されたものですが、著名な建築家アーネスト・フラッグの手により誕生しました。完成時の高さは186mの41階。その当時最高クラスであったフラットアイアンビルを一気に2倍の高さまで引き上げます。先の、メットライフタワーが完成する迄の1年半の間は世界で最も高いビルとなります。

singer6.jpg

シンガービルは、実は11階建ビルとして元々1896年に完成していました。ブラウンブリック + マンサードというボザール様式を取り入れた一般的なビルでした。

他方、SOHOには今でもシンガービルというのがあります。リトルシンガービルと呼ばれていますが、そちらもフラッグのデザインで茶褐色と緑で装飾が施されており、パリで修行したフラッグらしく優雅で洗練されたたたずまいを見せています。また、色合いなどにも共通するものが見られます。


大きな地図で見る

フラッグ自身は乱立する高層ビルによって街が暗黒街となる事を恐れていました。土地効率を突き詰める高層ビル群自体、パリ上がりの彼のスタイルには合っていなかったようです。ではなぜ、世界で最も高いビルにするというプロジェクトを引き受けたのか?それは、彼には摩天楼のスタイルを変えてやろうという「想い」があったからです。

Singer Woolworth

ファイナンシャルディストリクトは地図を見ればわかりますが、マンハッタンの歴史が始まった場所で後のグリッド化された地域とは違い、道が細く、ビルとビルが隣接しています。 フラッグは、周囲に光や風がきちんと届くようにと、高層部分をまず通りから最も離れた角に配し、またその面積も1/4に抑えます。

Singer5.jpg

他の設計者が依頼主の意向の通りにホイホイと力を誇示するがごとく切り立ったデザインの高層ビルを建設する中で、フラッグは高層ビルが周囲に与える影響を考え、街並みに配慮したデザインを提示したのです。 この考え方は後のゾーニング法に生かされ、マンハッタンはセットバックした高層ビルが立ち並ぶ独特の風景を作り出します。 つまり、そのような理想を持っていたフラッグによって建てられたシンガービルはマンハッタンの摩天楼ビルの原型だった言えます。

singer4.jpg

そして、11階のオリジナルビルにマンサード部分を5階分足して、その上に25階のタワーを付け足した41階建のビルが完成します。シンガービル、メットライフタワー、ウルワースビルの順で世界で最も高いビルのタイトルを継承してきたわけですが、この3つのビルは皆、基壇部 + タワーという共通点を持っています。

singer metlife woolworth

ただ、純粋に基壇部が先に存在し、上に生やしたような形で誕生したのはシンガービルだけで、見た目のバランスの悪さはこの中でも一番だと思います。 加えて、塔頂部になんのこだわりかマッチ棒のような膨らんだデザインにしてしまったので、他の二つのビルがなにかをパチッた=わかりやすいものとは違い、若干不気味なオリジナリティオーを有しているところが特徴です。「ヤバさ」加減で言えばこいつが間違いなくトップでしょう。

singer2.jpg

そしてこの高層ビルはNYCのアイコンとして人気を博します。41階の展望台はかつてない眺望を楽しめるという事で連日人が押し寄せたそうです。またその高さから、近隣の悩めるビジネスマンのダイビングポイントとしても人気があったようです。

それともうひとつ、シンガービルはニューヨークで最初にライトアップされたビルだそうです。その様子を撮った写真がこれ。 う、薄気味悪い。。。

singer3.jpg
Creative Commons Attribution 2.0 Generic License  by  whitewall buick

アメリカは移民の国ですが、19世紀後半から20世紀中盤あたり迄、ニューヨークから入った移民のほとんどはマンハッタンの南の島、エリス島を経由して入って来ました。 エリス島の入管の話は聞いたことがありますが、非常に切ない話が多く、移民の多くは欧州での極貧の状態を抜け出す為にやって来ており、お金が無い為劣悪な環境の船に長い間乗ってきたところを足止めされ、そこで病気になって無くなる方も少なくなかったと聞きました。

やっとのことで入国が許可されると、エリス島から船でローアーマンハッタンに上陸する事になりますが、その際に嫌でも目に入ったであろうモノがシンガービルだったわけです。 故郷を捨て、家族と別れ、アメリカで生計を立てる事に不安いっぱいで上陸した者の目に、最初に映ったモノが上の写真の様な巨大で不気味なシンガービルだったという事を想像するだけで、胸が  目頭が熱くなる思いです。

Singer8.jpg

1961年にシンガービルはシンガー社がロックフェラーセンターに本社を移設する際に売却されます。 NYSEの移設先になる話もありましたが、結局、2年後の1967年にUSスチールが50階建てのビルを建設しようとそのサイトを手に入れます。NYCLPC(NYCランドマーク保存協会)が1965に設立されており、歴史的に価値のあるシンガービルのランドマーク指定が検討されましたが、指定するには市が次の保有者を探すか、市が保有者そのものになる必要があった為見送られ、1968年には解体される運命となりました。


大きな地図で見る

これにより、シンガービルは2001年まで、「解体された世界で最も高いビル」という、ありがたいのかなんなのかよくわからない称号を保持する事になります。2001年以降は、そうです、WTC1 & 2です。つまり、彼の地には解体された世界で最も高いビルのワン、ツー、スリーが眠っている世界でも稀な場所なのです。

レム・コールハースの「錯乱のニューヨーク」という本の中で、マンハッタンは都市計画が出来ていないと批判するコルビュジェの考えに反し、摩天楼の魅力を作り出しているのは、人間の虚栄心や商業主義を映しだした過密する超高層ビル群であり、そこに一定の秩序を与えた事でできた独特の様式・文化がその価値の本質だと記されています。

錯乱のニューヨーク (ちくま学芸文庫)

私もその考えに賛成です。完璧な都市計画の上にできたものは、きれいだねと言う事はできますが何の面白みも感じません。セットバックというなにか人間くさい背景を持った歴史・「ストーリー」に人は魅かれるのだと思います。

これまで書いてきたビル達も、どれもそういったストーリーが詰まったもの達です。シンガービルはその代表格で、 先にも書いたとおりフラッグの想いが詰まったマンハッタンの摩天楼のご先祖様なわけです。 それが今、人に目に触れられないという事は、、、本当に残念なことです。

☆☆☆

今回のエントリーを書くために別途、7つの「建築」エントリーを書くことになってしまいました。シンガービルから派生して、知れば知る程面白い話が出て来たのでそうなってしまたのです。 今年の9月に旅行に行った時に、もっと調べてれば何倍も楽しめたのにと思う場面も多々ありました。なので、これからニューヨークに旅行に行くんだけど、いろんなもの調べている時間が無い、という方に使ってもらえればという気持ちで書きました。

ちょっと大変でしたが、バラバラの資料を呼んでいるうちに、「あれが、こうなっているのはこういう理由からか」という気付きや、「ひょっとして、あれとこれはここでつながっているんじゃないか?」と更に調べて見ようかという気持ちが生まれて楽しかったです。 また、気が向いた時にポツポツまとめて行こうと思います。 これにて一旦終了。 続けて読んでくださった方、ありがとうございました。
 
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://mdesign1.blog.fc2.com/tb.php/74-23c6c4f4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。