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- 荒れ地のおっさんの唄 -

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2. ブレードランナー と 特捜最前線

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前回、特捜最前線をは人間臭さが特徴と言ったのですが、そもそも何が人間臭いのでしょう?
時に、人間みがない事の比喩として扱われる機械=ロボットと人間の対比で見てみます。

☆☆☆

人間とロボットの話としては、アイザック・アシモフの小説「われはロボット」が真っ先に思い浮かびます。
小説の中で、ロボットは人間に非常に近い存在となると示唆されていますが、
あくまで人間の従属物であり、どうコントロールすべきかという所に焦点が置かれていたように思います。

われはロボット 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集 (ハヤカワ文庫 SF) アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229)) ブレードランナー ファイナル・カット (2枚組) [Blu-ray]

もう少し、人間に近くなったところでは、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」
が思い当たりあたります。 と、いいますか、映画「ブレードランナー」の方がわかいりいかもしれません。
 



映画の話のスジとしては、惑星から脱走して地球に潜伏するアンドロイドを、「人間」の賞金稼ぎが
始末してまわるというものですが、ロボットが進化した後、どこからロボットを人として見るか?
を考えられさせます。

未来のアンドロイドは人間そっくりなので、処刑する前に対象がアンドロイドか人間か見極める必要があります。
映画の中ではホログラフィーのように、いくつかの質問をし反応を見るのですが、
その識別法の基本的な考え方になっているのが、人間とアンドロイドの違いは、「感情移入ができているか?」
とされています。

つまり、人間が人間足り得る本質の部分は、「他人に対して感情の移入ができるかどうか」と言う事です。

主人公のデッカードはアンドロイドを見つけ次第、機械的に処理します。一切の感情移入なしに。
そして、最後にアンドロイドのリーダー格のロイとの格闘で映画のクライマックスを迎えますが、
逆にロイが、デッカードを追いつめます。

とどめが刺せる所で、ロイはとどめを刺さず、ビルから落るデッカードの手を掴み、助けるのです。

俺は、お前たち「人間」には信じられないだろう光景を見てきた
辺境のオリオンで炎を上げる戦闘艦・・・
タンホイザーゲートの暗黒に瞬くCビーム…
そんな記憶もみな、時とともに消えてしまう
雨の中を流れる涙のように・・・
俺も死ぬときがきたようだ


といって、ロイの命が尽きるのですが、 (下の動画で2分30秒くらいからです)



もしこれが、死にゆく自分が、まだ生きられる「人間」を前にして、生かさない事を良しと思わなかった
とすれば、立派な感情移入です。

そしてロイの死を確認した後、依頼主の警察官ガフが、デッカードに対して、「You've done man's job , sir」
と言います。 どうも、この「man」を男と訳すのは違う様で、「人間」とした場合、皮肉でもあり、
何かを暗示しているようでもあります。

で、当の、デッカードといえば、助けてもらったのも「ラッキー」ぐらいにしか感じて無いようにみえて、
こともあろうか、最後に処刑しないといけないアンドロイドの女と駆け落ちするという、
お前一体なんなんだよという展開ですが、これもこれで、ある仮説に立てば納得が行くのです。

ええ、深いんです。この話。

☆☆☆

好きな映画なんで、だいぶそっち行っちゃいましたが、そう、特捜最前線です。

ひでじ :「叶君よぉ、おまえさん、おかしいとおもわんかぁ? わしゃ、あれ っ だけ心優しいXX
(大滝秀治)  (容疑者)が人を殺めたと言うのが、どーーしても理解出来んのじゃぁぁ」

特捜の捜査の特徴の一つは、犯人の人格になって、何故そうしたか?を考え、真相に近づく事です。
時に、次どうするか?と容疑者が罪を重ねないように先回りします。

見ている側も被害者よりも犯人に感情移入してしまう事が多いのですが、
この辺が人間臭さに繋がっているのだろうなあと考えるわけです。
 
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