M-labo

- 荒れ地のおっさんの唄 -

スポンサーサイト

Posted by Markn on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

かつて世界一周路線を誇ったナショナルフラッグキャリアにまつわる話(長い)

Posted by Markn on   0 comments   0 trackback

夏休みの工作が「宿題」になってしまったのですが、依然進みません。
実はけっこう難しい事にチャレンジしたみたいでボツに
なるかもしれません(と予防線を張っておこう)。

☆☆☆

で、前回記事 のJALの古い機内誌は、部屋の片づけの最中に出てきたのですが、
実はもっと古い路線図も出てきました。

jalroutemap1973.jpg

それで知ったのですが、JALはその昔、大西洋線を飛ばしていたんですね。

Wikiによると、パンナム、英国航空、TWA、カンタス、ニュージーランド航空と並んで、
世界でも数少ない世界一周路線を運航していた会社だったそうです。

Wikiは続けてこう書いています。

"しかしその後、航空機の性能向上による直行便化の進行とそれに伴う
世界一周路線の必然性の低下や、航空会社同士の競争の激化とそれがも
たらす収益悪化などにより衰退し…"

「収益悪化で撤退した」はわかります。ちなみにJALは機材不足だったようですが。
しかし、「直行便化の進行」と「世界一周路線の必然性の低下」は関連性があるのでしょうか?
そもそも世界一周路線の「必然性」ってなんだったんでしょう?

☆☆☆

日本航空は1987年に民営化されるまでナショナルフラッグキャリア
(国策として、航空(船舶)路線を運営している会社)で、
その特殊な成り立ちは「沈まぬ太陽」でも随所に描かれています。

沈まぬ太陽 スタンダード・エディション(2枚組) [DVD]

私は最近になって映画を見たのですが、感想としては「久々に大作を観た」です。
渡邊謙の演技に圧倒されました。

妻のTさんの感想は、
「旅行ではあえて選ばないような国で生活できるなんてめったな経験じゃないんのに。
子供たちいやなんだ?」だったのですが、「あ、同じ事思うんだ」と思う反面、
子供たちに共感できてしまうところもあるのでした。

自分が小学校高学年の頃、父の仕事の関係で2年弱ほど南米にいた経験があるのですが、
子供がぐずる(日本に帰りたい)という心境は、私もそうだっと言えばそうだったのです。

子供の1年は大人の1年と同じ単位でも体感する長さは全く違いますし、
また、生きてる世界がまだ狭いままなんで包括的にどっちが良いかを捉えられないんですね。
特に、日本より経済の発展が遅れた地域に行った事もあって、
日本に特別の想いを抱いていました。

そうした中、一時帰国のチャンスがあり、日本に帰れる事になります。
ベネズエラに行って1年も経ってないくらいだったのですが、もう2、3年ぶりのように感じられ、
待ちに待った日本という感じでサルのようにウキウキしてた事を思い出します。

当時、メキシコ-バンクーバー-成田という路線をJALが飛ばしていて、それを使っての帰国です。
なので一旦メキシコに渡りました。ちなみに、その時一騒動あったのですが、 その話はこちら。

そして、メキシコからJAL便に乗るのですが、その時の事は今でもはっきり覚えています。
メキシコの空港の出発ロビーで搭乗を待っていたのですが、ふと窓の外を見ると、
かなり向こうからトーイングトラクターに引かれた一機の飛行機が、
ゆっくりと近づいてくるのに気づきました。
だんだんと白い機体が近づいてくるのですが、かなり巨大です。
尾翼に赤い鶴丸が見えてきて、それがJALのB747だと分かりました。

一瞬の内に、「日本とつながった」と感じたのです。

jalb742mex1.jpg その時の写真です。

当時最大のB747は、まるで窮地に現れた最強のヒーローに見えました。
そんな思いも混じって相当カッコよく目に映ったのを記憶しています。

機内ではCAさんが話かけてきてくれました。「日本に帰れてうれしい」「JALに乗れてうれしい」
という話をしていたら、いろいろ飛行機の事を教えてくれました。

そして、アリゾナ?あたりを飛んでる最中に、今ではありえないのですが、
コクピットに入れてもらい、機長席に座らせてもらうという最高の体験を
させてもらったのです。

JALという会社に親近感以上のものを感じた事を覚えています。

b742 cocpitview 機長席から

☆☆☆

フラッグキャリアの役割として、国交/親善やビジネス/地域振興のサポートに加え、
利用者、特に異郷の地を訪れるものにとっては、祖国とのつながり/安心感を
与えてくれるという事で、

そういう意味での存在意義もあったと思います。 いずれにせよ、その時代に海外に
進出する個人や法人の後押しをする役割を担っていた事は確かです

また、その当時に従事していた方もそれら役割と、国民の利便性や豊かな生活の為にという
ビジョンを理解し、誇りを持って働いていたのではないかと想像します。

☆☆☆

時代は変わり、企業のグローバル化も進み、海外旅行も一般的になってきました。
JALという特殊法人は、その立ち上げ時に掲げた役割を完了したという事で、
123便の事故の後に民営化され、フラッグキャリアと言う肩書も事実上消滅します。

その後、形こそ民営化されましたが、政策投資銀行(株式は政府保有)からの
融資を受けて延命されていた事からもわかる通り、特殊な取り巻きに影響される
形態は変わらなかったようです。

そして政権交代によりその補給ラインが断たれた事で経営破綻に追い込まれた事
は知っての通りです。そこまでの間に少しづづ合理化も行われ、
件のメキシコ線は廃止になりました。

☆☆☆

自分もJASを吸収し、いわゆる「サン・アーク塗装」になった頃にはJALを離れ、
ANAを使うようになっていました。たまに、使う事がありましたが、サービス内容は、
気持ちのこもってない、「会社の目的は再建です」といった感じのものだったと
記憶しています。

海外もAAを使うようになったのは実利を取っての事でした。
たとえ、それを考えないでも、JAL引き続き使いたいと思う心情的なつながりは薄れていたのです。

sunarcb744md11.jpg サン・アーク化される機体

現在は塗装が鶴丸に戻っていますが、自分の中ではANAと同じ普通の、
一私企業というポジショニングです。 たぶんそのあたりに、昔のJALには
「ナショナルフラッグキャリア」という、私企業とは異なる高尚なビジョンを
持った(であろう)企業に特別な価値を見出していたのかもしれません。

☆☆☆

利潤の追求はさて置き、世界一周路線の「必然性」を合理的に説明できるものなんて
なかったんじゃないかと思います。

当時、世界をリードしていた欧米の限られた会社が運航していた「世界一周路線」を、
経済的に発展しつつあった日本も持っているという事自体に意義があったと考えるのが
自然だと思います。
「国の威信で運航されていた」というやつです。初期のコンコルドの様な。

人に夢を与え、幸せを感じさせる事ができる企業というのは素晴らしい存在だ(った)と思います。
民営化により、それが求められなくなった/できなくなったのであれば、
特殊法人としての存在意義を一旦失った事になります。

経営破たんの原因は官僚体質だ、政治介入だといろいろあるんでしょうが、
自分としては、民営化後、企業としての輝き/力強さを失ってしまった要因には、
民営化に移行される際に、一般生活者に対して新しい存在価値を、従業員に対しては
存在意義(ビジョン)を作り出せなかった事があるんじゃないかと考えています。

☆☆☆

再生JALはどのような会社を目指しているのでしょう?
なんて事も考えながら次、利用してみたいと思います。
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://mdesign1.blog.fc2.com/tb.php/42-72b490d5
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。