M-labo

- 荒れ地のおっさんの唄 -

スポンサーサイト

Posted by Markn on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いまさらブログ? 才能の見つけ方 2

Posted by Markn on   0 comments   0 trackback

前回のつづきですが、

手がかりが掴めそうで、掴めないもどかしい状況だったのですが、同じ本の中にもう一つ妙に引っかかる一節を発見し、その引用元であるこちらの本を読むことにしました。 

「おとなの小論文教室」
おとなの小論文教室。
こちらは普通に図書館で借りらました。 
ただ、やっぱり手元に持っておきたいとブックオフを何件も探したのですが、ありません。流通は少ないようです。なんで、私は最終的にヤフオクで落としました。で、何が引っかかったかと言うと、

「才能は自分の中にはない。他人の中にある」という思いもよらなかった考え方です。

「才能は自分で勝手に決めるものではなく、人とのかかわりを通じて見つけるものじゃないか」との事です。
超約してみると、「○○さん、XXの才能があるんじゃない?」=>「えっ!?そーお?」「そうかもしれない」=>勝手にそうと信じて10年やる=>才能開花 =>気づけばライフワーク化、が実は一般的じゃないかと。

「才能の芽が有る/無いは自分で決めるもんじゃないし、自分で見つけられないんだったら人に探してもらえばいい。その方が客観的で納得いくんじゃない?」と理解しました。

おそらくここで注目すべきは、最初の「○○さん、実はXXの才能があるんじゃない?」と言われる
状況そのもので、この状況があればあるほど、摘むべき芽が多く見つけられるという事だと思います。

では、その多くのリアクションが得られる状況をどうやって(多く)得るのか?

例えば、「私はベーグルが好きなんだよねー」とどっかで言っていたら、「新しいベーグル屋さんがXXで開店しておいしいらしいよ」と新しい情報を教えてもらったという事は誰もが経験してる事だと思います。

これは、「より多く情報を発信する人の方がより多く情報を得られる」
という法則?が当てはまるかもしれません。

あたりまえかもしれませんが、リアクションをより多く得る為にはまず、
こちら側から他人に対してのアクションを増やせば良い事になりそうです。

「理屈は分かったが、実際には何を?」ってことになりますが、この本は小論文の本なので、
考えたことを文章で書いて、オープンにする事を推奨しています。
他人に見つけて/拾って/返してもらう為には「何か」言って、「発信」しないと始まらんだろという事です。そらそうです。

例えば、Youtubeでパフォーマンスを披露したり、絵や写真をHPでとなれば、敷居が高いですが、何か書くくらいなら自分でもできそうに思えます。

ただ、著者は、書くことは自己表現で、自己表現とは自分の内側を曝け出す事とも書いています。

「何か」(コンテンツ)はなんでもよいのだと思いますが、「発信」=「信」を「発」するわけですから、自分の内に持っている、信じている事、正しいと思っている事、良いと感じるものを表に出さないといけません。んー。これって実は厄介な事かもしれません。

こうやって順番に整理してみると、自分がブログ等SNSの価値を見いだせなかったのは、実は、情報を発信する事で起こる、「自己表現=内面をオープン」にしてしまう事に、心のどこかで抵抗があって、その価値を見出さないようにしていただけの事に気づきます。

ただ一方で、クローズドの状態が自分の才能を見つけられる機会を逸しているのであれば、それは問題なので、「思い切って、今までの自分の慣習と逆の事(オープン)をやらないと」と、思ったのわけです。これが自分がブログを始める理由です。(長かった。。)

またいつかどこかで、この考え方は合っているのかを振り返って行こうと考えています。
しかし、字ばっかですね。次からは絵も入れていければと思います。
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://mdesign1.blog.fc2.com/tb.php/3-aed52b33
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。