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- 荒れ地のおっさんの唄 -

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「ダーリンは70歳」じゃなくて「この世でいちばん大事な「カネ」の話」の方

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前回の 500円玉貯金箱がいっぱいになったので開けてみたら… で、お金の価値も時間と共に変化するという話をしました。

Come Away With Me by Thomas Hawk, on Flickr
"Come Away With Me" (CC BY-NC 2.0) by  Thomas Hawk 

アメリカでカジノや宝くじで大金を当てた場合、「すぐに一括で受け取る」と、「分割で何十年かに渡って受け取る」のオプションを選べますが、「すぐ受け取る」を選ぶと取り分が目減りしてしまいます。

その筋の方々にとってお金はお金を生む為の道具なので、目の前にあるお金は投資に回したりしてお金を生みますが、将来発生する予定のお金ではお金を生めません。インフレや未実現のリスクだってあります。

なので、「今のお金 > 先のお金」という考え方になり、すぐに受け取るを選んだ場合減額されてしまうのです。「そんなの支払う側の理屈だろ」と納得いかないのですが、その前に大金当ててから言えということですね。

☆☆☆

お金に関して最近読んだ本で面白かったのが、西原理恵子さんの「この世でいちばん大事な「カネ」の話」です。「恨ミシュラン」のイラストレーター/漫画家で、2012年にはこの本を原作にしたドラにもあったようなので知っている方も多いかと思います。

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)
西原 理恵子
角川書店(角川グループパブリッシング)


先に言っておくと、この本は「ユダヤ人大 富豪の教え」のようにお金に対する考え方や、行動様式はこうであるべき的な本ではありません。(これはこれで面白いですよ)



どちらかというと、お金を通して見た人の生き方の本と思っておいた方が良いかもしれません。

で、中身ですが、退学処分取り消しを学校と裁判で争った後に、なけなしのお金で受験させてもらう試験の前日に父親が自殺とか、壮絶すぎる過去を持った方ですが、独り立ちするまでのエピソードは普通の物語としてかなり面白いです。

何かをやりはじめた時、誰もが最初にぶち当たる壁は、自分の実力を知らなきゃいけないってことだと思う。人って自分の現実に実力以上のゲタをはかせちゃってるものなのよ。



今でこそ漫画家/イラストレーターとしての評価を確立していますが、当初出版社からは「美大生なのに破壊的な絵を描く」つまり、下手過ぎると評されていた(失礼ながら今もそうかも)とのことで、スタートしてから厳しい環境にあることを悟ったようです。そして、

だけど、たまたま配られた札が全部マイナスだったらそれをいつまでも嘆いてたってしょうがないよね。ひっくり返してプラスになる事かんがえなくちゃ。



この部分だけ切り取れば、よくある自己啓蒙系のきれい事に聞こえますが、

わたしは、本当はちっとも前向きな性格じゃないのよ。後ろを振り返るとこわいから必死で前を見ていただけなのよ。



背景を知った上でだとリアリティーがあり、終始普通じゃない説得力を感じます。

そして、札の一つである自分の才能についてはこのようなことを言っています。

「才能があるかどうかなんて、机の上でいくら考えたってわかるもんじゃないと思う。わたしにとって「才能がある」っていうのは「それでちゃんとカネが稼げる」ってことだった。



これって当たり前のようで、実は意味が深く、逆に考えれば、お金が稼げればそれはあなたの才能だと言っているのです。お金を意識することで形のないものが具体化する。そういった意味で「(きれいごと言わず)お金と夢なり何なりを堂々と結び付けてみれば?」というのはなかなか斬新だと思うのです。

「才能」についての了見は個人的に興味があるところなのでフォーカスしてしまうのですが、

「才能」っていうのはそんなふうに、自分だけじゃわからない、見えてないものだと思う。自分で「こうだ」と思い込んでいることって、案外的外れだったりするからね。だから私は思うのよ、「才能」って人から教えられるもんだって。



これはびっくりです。才能は人に見つけてもらうものというのは。私がブログで最初に書いた 「いまさらブログ? 才能の見つけ方」 の時の話と全く同じです。少なし2人の人が同じことを言っているのでやっぱりそうなんだと思います。

そして今回この本を読んで一番刺さったのがココです。

才能のある人は、その才能を頼みにして華やかな道をどんどん突き進めばいい。そうじゃない私は、わたしなりの別のやり方があるはず。



ご本人は、「底辺には底辺なりの戦い方がある」と表現していますが、才能がなければ(王道の)道は開かないのかもしれない。だからと言ってそれで終わりじゃなくて、自分なりのやり方でも進むべき道はあるはずだと。

この方がモノにした自分なりのやり方は「王道を進まない」でしょう。最終的な目的は最終的にたどり着ければ良く、たどり着けばそれが結果「才能」を生かしたことになるのだと思います。その際、たとえば皆が目指す「漫画家の第一人者になる」とかじゃなくて「人を笑わせたい」とか一般的/普遍的なものとした場合の、自分なりのやり方は何か?を考えるのがヒントのように思いました。

私はよくXXXだからXXXできないと言ってしまうのですが、この本を読んだ上では単なる泣き言でしかないなと恥ずかしくなります。

「自分はこうだったからこうすればいいよ!」的な成功者の自慢話は途中で白けることも多いのですが、お金が絡むと非常に現実的な話になるので、巷に溢れる薄っぺらい啓蒙本を10冊読むくらいならこれ1冊で十分です。かんたんに読めるしオススメです。

あと、この本には最後にオチがあって、あとがきは「よりによってお前が書くか」という人だったのですが、予想通り高田純次並みに心無くて泣けました。

で、さらにですが、このサイバラさんは今、なんと高須クリニックの院長と付き合ってるてこと。恋愛エッセイマンガがなかなか素敵らしくネットj界隈で話題になってます。やっぱりこの人ただものではない。



☆☆☆

冒頭の賞金に話に戻りますが、そんな目減りするくらいなら、私が大金を当てた場合は「分割でよこせ」と言うと思います(本当は後で払う分は利子つけろよと言いたい)。

ですが、アメリカで大金を当てた人は皆、一括で受け取るそうです。

Alot of mony

理由はその人が亡くなった時に、分割で受け取りにしてあっても相続する人は一括で相続税を払わされてたまらんことになるからです。

また、大金が当たった人はコンサルをつけるのが普通だそうですが、その賞金を運用して目減り分以上に取り返す前提であったりします。ただ、そのコンサルも、コンサル料を一括でもらいたいので、「将来税金が上がるかもよ」とか言って一括で受け取らせるという話もあります。

ええ、無駄な知識です。

 

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500円玉貯金箱がいっぱいになったので開けてみたら…

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もう記憶がはっきりしないのですが、この貯金箱は今の家に越してきた2000年頃からあります。

500-1.jpg

確か100均で売ってたもので、これの胴体にプラモデルの翼とジェットエンジンを付けた置物を作ろうと考えていたのですが、途中でその発想自体に飽きてしまい、銀色に塗っただけで放置されていたのでした。

そして、しばらく経ってこいつは貯金箱だった言う事を思い出し、最初は面白がって500円玉入れていましたが、しばらくしてブームも去り、一度再開してはすぐに飽きられ、たまに気づいては、また忘られるの繰り返し。

ですが最近になり、ついに満杯になりました。と、言う事であけてみることにします!

割ろうと思ったのですが、なんかもったいないので裏の取りだし口を拡大して出して引きずり出す。

500-2.jpg

さて、いったいいくらあったかというと、

100円玉(ノーマル) X 19枚
500円玉(筑波エキスポ記念コイン) X 2枚
500円玉(ノーマル) X 288枚
1000円札(夏目漱石モデル) X 4枚

500-4.jpg

総額 150,900円

昔の自分から思わぬお小遣いもらったと考えると15万はうれしいですね。

☆☆☆

というのが、「貯金箱オープンネタ」の正しい姿だと思います。
ですが、本当の感想を言うと、実は書いたものと少し違っていて、

「限りなく微妙」でした。

この手の貯金法の黄金パターンは、

貯金開始。

すぐにいっぱいになる

ワクワクでオープン

開けたらXX万円入っていた

歓喜 !!

だと思います。

ですが、500円玉でのおつりってそうないですよ。今時スーパーだってカード使えるんでそもそも現金そんな使わないですし。
特に、私のように、「XX万貯めて新しいXX買うぞ!」とか目標立てずにダラダラやってたらものすごく時間がかかります。「500玉円貯金だと楽に貯められるからオススメ!」とか?ですよ。

「無理せず楽に痩せられる」なんてのが幻想であるのと同様に、実際に楽に短期間で貯めたという人はいないと思います。
見る側は「この人突然まとまった金が出てきてええな」かもしれませんが、お金を入れ続けた本人にしてみれば「ま、そんなもんでしょ」というのが本音のはずです。

相関

こんな感じじゃないでしょうか?

私の場合は、貯金箱がいっぱいになってもいくら貯まっているかわからないので、「いくら?」という好奇心がありましたが、「100万円貯まるBANK」とかもう、満杯にする達成感しかないですよね。だって出てくるのは間違いなく100万ですから。100万を短期間でなんて給料全部500円玉でもらってもどんだけかかるか。

500-3.jpg

なので、「なんとなく貯まればいいなー」的な感じでやろうとしている人は、貯金なんかしてないで使いたいときに使った方が幸せになれると思いますよ。あと生前贈与とかバンバンやったらいいと思います。歳取ると物欲がなくなるという都市伝説?もありますし。

まあ、なんて夢のない貯金箱オープンなんでしょう。みなさんこれにめげず500円玉貯金やりましょう(棒)。

ロイ と ユタニ

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この人たちはいったい何をしているのだろう? 

カーレース場の観客席最上段。そこからの景色を眺めながらそう思った。

観客はまばらにしかいない。よく見えるよう少し体を前のめりにすると、錆びたフレームとプラスチックのベンチがギギィと音をたてる。

ああ、だめだ、よくわからない。

目の前で「995」とペイントされた青いMGが、白いビートルを追い抜いた直後にバランスを崩し、また白いビートルに追い越された。 それに続く車列が、小魚の群れのようにひと塊りになりながら青いMGの後に続き、爆音だけがそこに取り残される。

なんなんだこの大きい音は。しかし、これってなんだっけ? 車、、、だよね?

僕はよく混乱する。 思い出せないって言うか、ふわふわした感じになる時がある。 でもユタニは気にするなと言ってくれる。

彼は、私のことを知っている。 僕が自分の言う事に自信を持てないでいる時、ユタニが確かな答えを与えてくれる。 彼はそういう存在だ。 彼の手は世の中の事を知り尽くしている人のそれのように、表面の凹凸がはっきりして、乾いている。 私の手とはまるで違う。

「これってなんだっけ?」 思い切って聞いてみた。

私の質問を聞いたユタニは、私の方にちょっと顔を向けた後、丁寧に間を開けて
「レースだよ」 「車を競争させて、誰が一番速いかを決めるんだ。」

やはり車か。 これが車なんだ。

「でも、なんで速さを競うの?」 「そもそもどうして人が車を…」
と言いかけて、彼の眼の奥に潜む、深い愛情と同居するなにか寂しいものに気付いて言葉が途切れた。

彼は一呼吸を置いてから。
「ロイ、なにも不思議なことじゃない。だって車を運転するのは楽しいことだろう?」
「楽しい?」

「そう、車を運転することは楽しいじゃないか。自分の思い通りに動かせるから気分がいい。自分がそうしたいと思うことがそうなると人は歓びを感じる生き物なんだよ」。

そうなの?でも車って、、少し考えてみたけどぼんやりとしか思いが浮かばない。
「車の運転が楽しいって、、、僕にはわからないな」

白いビートルが脚元のピットに戻ってきた。 車が止まるとそろいのつなぎを着た人がばっと車に詰め寄り、給油を開始した。 恐ろしくシステマティックに人が動いている。

「ゲームは楽しいだろ?」 「ゲームをやっても世の中には何も生み出さない。でも人は熱狂する。その過程が楽しいから」 「車だって同じゃ。運転するプロセスそのものが楽しんじゃ」

ゲームってあれか、ああ、思い出した。 そうだ昨日やったゲームは楽しかった。 でもゲームと車って何の関係があるんだろう。 想像できない。

だめだ、また混乱してきた。

「気分はどうじゃ?」
「よくわからないけど、最悪ではないよ」
「そうか」
「俺はね、ここに来ると気分が落ち着くんだ」 「お前をここに連れて来れば何かを、、何かを思い出すんじゃと思ってね」
「…」

レースは結局白い白いビートルが逃げ切って幕を閉じた。 表彰台に上がった人たちはユタニと似たような風貌で、観客席にいた彼を含め多くの人は満足げに見えた。 

私は彼と並んで歩きながらゲートに向かった。途中で回転ブランコが見えて、人々は足を宙にまかせていた。ちょうど電飾が灯いた。

「お前には、、、想像もつかないだろうけど、俺が若かった頃、一日じゅう魚を追いかけるやつがいてな、」 「いつもそんなに釣れるもんじゃない」

「ある日そいつはな、その日の終わりになってやっと一匹の魚を釣り上げたんじゃ」 「それは銀色に輝くとても立派な魚だった」 

「ところがそいつはその魚に、「ありがとう」って声をかけた後、また放してしまったんじゃ」

「え…」「それはどういうこと?」

「そのうちわかる」
彼は悲しげな表情でそう答えた。

ゲートをくぐるとやわらかい夕日が二人を照らし、影が後ろに長く伸ていった。よくある早秋の1日のようだ。

急にユタニはよろけて足元にうずくまった。苦しそうな表情を見せて、何かを伝えようとしている。
「ロイ、、、大丈夫だから…」とかすかにつぶやいた後、地面に倒れて動きを失った。

なにがおこっているのだろう?よくわからない。 でも周りの人が騒いでいる。僕は何をすればいいの? 考えても考えても何も出てこない。やがてパニックになって吐き気がやってきた。

様子を見ていたゲートの係員がかけ寄ってきて、「大丈夫ですか?」と彼に声をかける。
そして私に向かって、「ご家族の方?」「どちらから?」と立て続けに質問されたが、私は言葉を発しようとするがなにも出てこない。 やはりよくのみこめないかわりに眼が潤んでくるのがわかる。 係りの人が見かねて救急車を呼だ。

しばらくすると救護隊の人が到着し、係りの人と話をする。いぶかしげにこちらを見ているが、なにがなんだかわからない。

救護隊の人が彼に駆け寄り、光の出る機械を彼の右手の甲に当てた後、こちらに向き直って「あなたは…」と言ったが、何も返せないでいると救護隊の人は「「ちょっと失礼します」といって先ほどの機械を僕の手の甲にかざしたあと、「ん?」と怪訝な表情を見せた。その後、「あ」っと言って機械を首筋に当てて「はー、なるほど」「CRNか、うんうん」。

無線に向かい「こちらSS-5、レトロパークで1-5-9発生、識別個体番号 S4341、経年147、ターミナルdh11に搬送」 「経年0.1369のS4341CRNを所有。指示を願う」と伝えたのち、ちらっとこちらを見た。

「はい」「了解です」
「彼については心配はいりません。我々が搬送します」 「ですからあなたは自分の車で家に帰ってください」 と救護隊の人は私を気遣うように言った。

「自分の…車…」

頭の中を整理しようと立ちすくんでいると、「CRN?!…」 「いや、私も初めてです…」 「こっちで呼んどきましょう…」と救護隊の人とゲートの人が話している言葉が断続的に入ってくる。

僕はユタニの言う事を信じる。ユタニはいつも正しいから。

そうこうしているうちに目の前に白い半透明の立方体がすーっと近づいてきた。

ドアが開いたところに救護隊の人が駆け寄り、さっきの機械を立方体の壁に当てると壁の色が薄いピンク色に変わった。

「どうぞ」 「予定では、、、本日19:15に到着です」 「後程こちらから連絡します」

立方体の中に入る時に首元に光が当たった後、ドアが閉まり、音もなく動き出した。 

内側の壁には目的地の地図が表示され、その隣に表示された予定到着時刻は、救護班の人の言った通り 19:15 Mar 5 2116 と表示されていた。
 
UGV 1957

☆☆☆

今回はちょっと毛色を変えてみました。
”自動運転”のニュースで想像した未来の1シーンです。

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